natural science 学会 講演概要

領域3【生物から環境】
逃げるカタツムリと追いかけるヘビ

細 将貴
東北大学大学院 生命科学研究科
仙台市 青葉区 荒巻字青葉6-3
(Tel : 81-22-795-7813; Fax : 81-22-795-7813)
(Email hoso◎m.tains.tohoku.ac.jp)

概要: カタツムリにおける左右反転の進化は、種分化に直結する魅力的な現象だが、理論上極めて起こりにくいことが予測されてきた。私は、セダカヘビ科のヘビ類が多数派である右巻きカタツムリの捕食に特化していること、それによる偏った選択圧によってカタツムリの左右反転が促進されたことを突き止めた。

Keywords: 共進化、種分化、生物多様性、非対称性、認知

I. 研究の背景

生物は、必ず他の生物と関わりを持って生きている。相互作用する異なる生物種が適応進化を続けていく現象は共進化と呼ばれ、今ある生物多様性を創り出し、そして維持を実現している根本的な原理ではないかと注目されている。私は生き物の持つ左右非対称性というユニークな側面に着目して、生物種の創出(種分化)、ひいては生物多様性の創出に共進化が果たす役割を探求してきた。
巻いた貝殻を背負ったカタツムリの左右非対称な体構造は、たったひとつの遺伝子の変異で反転することが知られている。そして反転した個体は、もとの巻き方向の個体と交尾することが困難になる。そのため、ひとたび集団に逆巻き遺伝子が固定する(逆巻きに進化する)と、それは他の集団との生殖隔離の完成、すなわち種分化につながる。

Fig.1. Snail-eating snake (bar=5mm)
Fig.1. Snail-eating snake (bar=5mm)

ところが逆巻きの突然変異個体は、出現初期には交尾相手に恵まれないため、ふつうの個体と比べて子孫を残すことが困難なはずである。そのため、左右反転による種分化が起きることはまずないはずだと理論的には予測される。しかしながら、少数とはいえ逆巻きの種は実在する。
そこで私は、右巻きの種が多数派であることに着目し、右巻きのカタツムリの捕食に特化した捕食者が陸上にいることを予測して、その捕食者によって左巻きのカタツムリの種分化が促進されたという仮説を検証した。注目した捕食者は、セダカヘビ科に属するカタツムリ専食性のヘビ類(Fig.1)である[1]。

II. 実験方法・解析方法

まず、博物館に所蔵されていたセダカヘビ類の標本を調査し、特に下あごの形態に注目して、右巻きカタツムリの職に適応していると考えられる非対称性を探索した。
続いて、その非対称性の機能を確かめるために、右巻きと左巻きのカタツムリを食べさせる行動実験をおこなった。実験には、日本の石垣島と西表島に生息するイワサキセダカヘビPareas iwasakiiをもちいた。
最後に仮説の検証のため、左巻きのカタツムリの世界的な分布にセダカヘビ科のヘビ類の分布と一致する傾向があるかどうかを文献調査によって確かめた。

III. 結果と考察

1. 標本調査

標本調査の結果、多くの種は下あごの歯の本数に著しい左右非対称性が見つかった(Fig.2)。孵化前の個体にも見られたことから、この左右非対称性は遺伝的に決定されているものと考えられた。例外的に左右の歯の本数が同数だった種は、ナメクジの専食者だった。

Fig.2. A skull of Pareas iwasakii with dentition asymmetry
Fig.2. A skull of Pareas iwasakii with dentition asymmetry

2. 行動実験

実験で右巻きと左巻きのカタツムリを与えた結果、左巻きのカタツムリの捕食にはより長い時間とより多いあごの運動回数を要することが判明した。このことは、下あご形態の非対称性が、右巻きのカタツムリの捕食を効率的におこなうために機能していることを示唆する。
また実験からは、左巻きのカタツムリにはヘビの捕食を逃れることができることが判明した。その傾向は大型になるカタツムリの種を用いた比較においてより顕著だった。

Fig.3. Survival advantage of left-handed snails over right handed-snails under snake predation
Fig.3. Survival advantage of left-handed snails over right handed-snails under snake predation

3. 文献調査

セダカヘビ類の分布域と非分布域を比較すると、分布域では左巻きの種を含むカタツムリの属の割合が高いことが判明した。その傾向は、大型になるカタツムリの属で特に顕著だった。このことは、セダカヘビ類の捕食による自然選択によって左巻きのカタツムリの多様化が促進されたことを示唆する。

Fig.3. Biogeographic associations of left-handed snails with pareatid snakes
Fig.3. Biogeographic associations of left-handed snails with pareatid snakes

V. 結論

セダカヘビ類が右巻きのカタツムリ捕食に特化していることが示された。また、それによる偏った自然選択が、困難なはずの左巻きのカタツムリの種分化を促進したという仮説は支持された。しかしながら、共進化における当然のフィードバックとして期待される、セダカヘビ類による左巻きのカタツムリへの適応的な対応は検出されなかった。このことは、捕食者側の最適採餌戦略に関わる進化的な安定性の問題と、エサ認識における生理的な制約の問題を暗示する。両者の共進化動態を明らかにするため、よりいっそう精緻な実験の実践とよりいっそう予測性の高い理論の構築が望まれる。

参考文献

[1] Hoso M, Asami T and Hori M (2007)、Right-handed snakes: convergent evolution of asymmetry for functional specialization. Biology Letters 3:169-172.

natural science 学会 目次

領域 領域代表 領域アドバイザー
領域1
【物理から生物】
沢田康次
(東北工業大学学長)
武田曉(東京大名誉教授、東北大名誉教授)
領域2
【物理から環境】
今村文彦
(東北大学大学院工学研究科 災害制御研究センター)
湯本良次(東北学院榴ヶ岡高校 副校長)
領域3
【生物から環境】
本川達雄
(東京工業大学 生命理工学部)
菅原研(東北学院大学 准教授)、千葉聡(東北大学大学院生命科学研究科 准教授)

発表題目

領域1 アリの行列とバスのダンゴ運転 ○友枝明保1,2、西成活裕2,3 1.明治大学先端数理科学インスティテュート、2.東京大学工学系研究科、3.独立行政法人科学技術振興機構さきがけ
ボトルネックにおける人の渋滞軽減方法 ○栁澤大地1,2、西成活裕1,3 1.東京大学大学院工学系研究科、2.(独)日本学術振興会特別研究員DC1、3.(独)科学技術振興機構さきがけ
視覚情報の遮断によるヒトの視覚運動機構の変化 ○田村友里恵1,3、林叔克2,3、沢田康次2 1.東北学院大学教養学部、2.東北工業大学、3.NPO法人naturalscience
エチゼンクラゲの工業材料への有効利用研究 勝然 勇也・三浦 拓也・諏訪 勇麻・阿部 令・佐々木 卓博・鈴木 真・遠藤 雄飛・小野 浩明・東 兼規・山田 有理・伊藤 大将・小川原 佳希・今野 優也・佐々木 祐香・門馬 裕里・山内 透也 宮城県石巻工業高等学校
ヒトの運動制御システムの解析 ~ヒトによる倒立振子の制御~ ○佐瀬一弥1,3、林叔克2,3 1.東北大学工学部、2.東北工業大学、3.NPO法人naturalscience
領域2 津波と地球科学 今村文彦,越村俊一,後藤和久,菅原大助,萱場真太郎,高橋潤,橋本貴之,川俣秀樹 東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センター
津波と地球科学―恐竜絶滅の隕石衝突と地球史上最大の津波― ○後藤和久1、菅原大助2 1 . 東北大学大学院工学研究科、 2 . 東北大学大学院理学研究科
地層に残る津波の証拠―仙台平野を襲った平安時代の津波― ○菅原大助1 、今村文彦2 、後藤和久2 1.東北大学大学院工学研究科、2.東北大学大学院理学研究科
領域3 逃げるカタツムリと追いかけるヘビ ○細将貴 東北大学大学院生命科学研究科
小数の働きアリが示す活動のリズム ○結城麻衣1,4、菅原研1、林叔克2,4、菊地友則3、辻和希3 1.東北学院大学教養学部、2.東北工業大学、3.琉球大学農学部亜熱帯動物学講座、4.NPO法人naturalscience
女王蟻によるパトロール行動のモデル化とパトロールの最適化問題 ○八重樫和之1,5、林叔克2,5、菊地友則3、菅原研4、辻和希3 1.東北大学工学部、2.東北工業大学、3.琉球大学農学部亜熱帯動物学講座、4.東北学院大学教養学部、5.NPO法人naturalscience

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