○田村 友里恵1,3、林 叔克2,3、沢田 康次2
1東北学院大学 教養学部、2東北工業大学、3NPO法人natural science
・宮城県仙台市泉区天神沢2-1-1 東北学院大学 教養学部
(Tell:022-721-2035)
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概要: 人間は環境の変化にいかにして適応しているのだろうか。人間が視覚情報をもとに運動制御しているが、時として視覚情報に頼るのではなく、環境の変化を予測していると考える。本研究の目的は、いかにして予測が可能となるのか、予測のメカニズムを明らかにするものである。
Keywords: 視覚情報(visual information)、運動制御(motor control)、リズム(rhythm)
人間とは何であるのか。人間は他者と関わり、そして、自己自身と関わって生きている。では、他者とか、自己自身とかは、いかにして捉えられるものなのだろうか。この問題を考えるためには、われわれの、物事の捉え方を知らなければならない。われわれが何か物事を捉えるときには認識が必要である。では、認識とは何か。
いま、人間が外界から五感を通して刺激をうけ、そして、それを基にした反応がある。五感の中でも特に視覚に注目すると「何を見たのか」が入力としてあり、「どう反応したのか」が出力としてある。これら二つのことは客観的にわかることである。しかし、「どのように見たのか」というのは、客観的にはわからない、いわば主観的なことであるといえる。この「どのように見たのか」ということがいま、認識とよぶものである。
視覚刺激を入力とし、人間の運動制御を出力としたときに、人間がいかにしてこの世界を認識しているのかを知ることができる。現在、EungstrOmらの先行研究[2]において、人間の行動には「反応」と「予測」との二種類があることがわかっている。「反応」とは、入力に対して行われる行動であるため、入力情報の後に引き起こされる。それに対して「予測」とは、入力情報よりも先に行われる行動である。
反応が入力刺激によって引き起こされる受動的行動であるならば、予測とは、外界の変化から規則性をみつけることで可能となるため、能動的行動ということができる。では、予測という能動的行動はいかにして可能となるのだろうか。
本研究は、能動的行動である予測がいかにして可能となるのかを、入力と出力を基にしてメカニズムを明らかにするものである。
予測のメカニズムを調べるために、反応を調べる実験と、予測を調べる実験の二つを行った。実験はパソコン上で行い、等速運動する物体をマウスでできるだけ正確に追いかけてもらった。等速運動する物体が視覚情報で、入力となり、マウスで追いかける行為が出力である。赤丸は、黒丸の円軌道上を等速で動く。そして、青丸は、マウスと連動した動きをする。赤丸をターゲット、青丸をトレーサとよぶ(図0)。被験者には、「ターゲットとトレーサの位置を、できるだけ正確に合わせる」というタスクを課した。
一つめの実験では、視覚情報に対する運動制御の方法を調べる。これを、全軌道表示の実験とよぶ。二つ目の実験では、人間が予測しなければならない状況をつくり、反応と予測がいかにして表れるかを調べるために、視覚情報である等速運動する物体の表示を断続的に遮断した。これを、Intermittent表示の実験とよぶ。
ターゲットの速さは0.1[Hz], 0.3[Hz], 0.5[Hz]の3種類に設定した。一回30秒の実験を、各速さ10回ずつ行う。Intermittent表示の実験では、円周上でTを表示する領域と、表示しない領域を固定した。Tを表示しない領域は、60%以上とした。また、実験は、十分に習熟したと判断される5人の被験者によって行った。
図0:実験系-パソコン上で、等速で円軌道上を動く赤丸(T:ターゲット)を、マウスと連動した動きをする青丸(X:トレーサ)で追いかける
ターゲットとトレーサの位置がどれだけ正確にあっているのかを調べるために、トレーサの相対位置の分布図をガウス分布でフィッティングし、その中央値と、標準偏差を算出した。また、ターゲットとトレーサの位置誤差の平均値である中央値を正確さと呼び、その測定値のばらつきを示す標準偏差を精度と呼ぶ。
全軌道表示の実験と、Intermittent表示の実験とで、トレーサの動かし方の違いを見るために、トレーサの相対速度の時系列を、フーリエ変換した。
まず、解析方法1から得られた実験結果であるが、精度は全軌道表示の実験と、Intermittent表示の実験において、差はみられない。正確さは図1のとおりである。全軌道表示の実験においては、周波数が高くなるほど正確さは悪くなり、また、Intermittent表示の実験においても、周波数が高くなるほど正確さは悪くなる。ここで異なる点は、全軌道表示の実験においてはマイナスの値であるのに対して、Intermittent表示の実験においてはプラスの値である。つまり、値がマイナスの場合にはトレーサの位置がターゲットの位置よりも後にあり、プラスの場合には前にあることになる。これを、それぞれ後行、先行とよぶ。
図1:トレーサの正確さ
ここから、人間の運動制御で、反応の時には入力に対して後行した行動をとり、予測の時には先行した行動したとることがわかる。この結果を見ると、全軌道表示の実験よりも、Intermittent表示の実験の方が、より正確にターゲットとトレーサの位置を合わせている。つまり、予測することで先行した運動制御を行い、結果正確さが増すことになる。では、視覚情報が少ない場合に、トレーサは円軌道上のどこでターゲットと位置を合わせているのだろうか。それを知るために、円軌道上のどこでターゲットとトレーサの位置が合うのかを調べた。
全軌道表示の実験では、全ての速さで平らなグラフになっており、全軌道でターゲットとトレーサの位置を合わせている。次に、Intermittent表示の実験結果は図2のとおりで、青い線で囲まれた部分は、円軌道上でターゲットが見えている場所である。すると、0.1[Hz]においてはターゲットが見えている場所でターゲットとトレーサの位置を合わせており、これは視覚情報に依った合わせ方をしているといえる。しかし、0.3[Hz], 0.5[Hz]と、ターゲットの周波数が高くなるにつれてグラフは平らになり、視覚情報に依って合わせているのではないということがわかる(図2-b)。この実験結果では、0.1[Hz]においては視覚情報に依った運動制御であり、反応であると考えられる。これらの結果から、0.1Hzでは運動制御の方法に反応と予測とがあるが、0.5Hzになると、運動制御の方法は、予測に依ったものであると考えられる。
図2-(a)(b):クロスポイント−円軌道上のどの場所でターゲットとトレーサの位置が重なるかを0.1Hz(a)の実験で調べた。
これを見ると、ターゲットが見えている場所でターゲットとトレーサの位置が合うことが多い。
しかし、0.5Hz(b)では、ターゲットが見えている領域でも見えていない領域でも合わせる回数が変わらない事が分かる。
これを示す実験結果が図3で、トレーサの相対位置の分布図である。緑のグラフが全軌道表示の実験結果である。そして、Intermittent表示の実験の、見えている領域が黒のグラフで、見えていない領域が赤のグラフである。このグラフをみると、0.1HzにおいてはIntermittent表示の実験においても反応による運動制御が主であるが、青丸で囲んだ部分のように、部分的に予測である先行制御がみられる。次に、0.3Hzの実験結果では、ターゲットが見えている領域は反応の運動制御であるが、ターゲットが見えていない領域では予測の運動制御を行っている。最後に、0.5Hzの実験結果では、ターゲットが見えている領域と、見えていない領域とで、ともに、予測による運動制御を行っている事がわかる。これは、ターゲットが見えている領域であっても、視覚情報に依ってターゲットとトレーサの位置を合わせようとするのではなく、予測した時の運動制御の方法を用いていることになる。つまり人間は、反応と予測とを使い分けることで、環境により適した運動制御を行っている。
図3:トレーサの相対位置の分布図(0.1Hz(a), 0.3Hz(b), 0.5Hz(c))
次に、解析方法2から得られた結果を、ターゲットの速さが一番遅い、f=0.1[Hz]の場合について図4に示した。全軌道表示の実験では、グラフがブロードな山の形をしているのが、Intermittent表示の実験ではシャープなピークが出ている。このピークの出ている位置は、ターゲットの周波数の2倍の周波数(2f)である。このピークが意味するのは、ターゲットが一周する間に、トレーサが、ターゲットよりも速い、遅い、速い、遅い動き(または、遅、速、遅、速)をしていることである。速い、遅いという動きを周期的に繰り返しているので、2fのピークをリズムとよぶ。これを、他の速さの実験結果についてみると、全軌道表示の実験でも、Intermittent表示の実験においても、リズム生成はみられ、ターゲットの周波数が高くなるほどリズムは強くなる傾向にあった。ここで全軌道表示の実験と、Intermittent表示の実験とで異なる点は、2つの実験結果を周波数ごとに比べると、同じ速さであっても、Intermittent表示の実験の方が、リズム生成が強いことである。
図4:トレーサの相対速度のフーリエ変換
リズムは、外界からの刺激で与えられている時間間隔ではなく、人間が生み出す時間間隔であるといえる。これらのことから、予測においてはリズム生成が必要であるといえる。では、リズム生成はいかにして予測を可能としているのだろうか。まず、リズムを生成することで可能となるのは、ターゲットの速度を相対的に知ることである。ターゲットが速いか、遅いか、というのは、ターゲットの動く様子だけを見て決定することはできない。しかし、トレーサの動きと比べたならば、ターゲットはトレーサの動きよりも速いか、遅いかわかる。つまり、トレーサの動きに周期性を持たせることで、トレーサは時間的役割を担い、それによってターゲットの相対的速度を知ることができる。そして、ターゲットの速度を知ることによって、ターゲットの位置を予測することが可能となるといえる。
以上より、人間の運動制御で予測には、人間自身が生み出すリズムが必要であることがわかる。また、予測することで、われわれの行動時する際、外界と自らの行動をより正確に一致させることが可能となる。つまり、われわれ人間は時々刻々と変化する世界の中で生きているが、その変化に翻弄されているだけではなく、時にその変化を予測することで、自らの行動に環境の変化を合わせているということができる。
[1]F. Ishida and Y. Sawada, Phys. Rev Lett. 93. 168105 (2003).
[2]D.A.EngstrOm et al, Human Movement Science,15,809-832(1996).