友枝 明保†,1,2、西成 活裕2,3
1 明治大学先端数理科学インスティテュート・〒213-8571, 神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1
2 東京大学工学系研究科 航空宇宙工学専攻・〒113-8656, 東京都文京区本郷7-3-1
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概要: 確率セルオートマトンモデルを粒子と場の相互作用が存在する系に拡張し,アリの並進運動ダイナミクスとバスの運行システムに応用した.これらの二つの数理モデルの数値シミュレーションからいずれの場合も密度が上がるに連れて速度が単調減少するのではなく,速度が最大となる最適な密度が存在することがわかった.さらに,二つの数理モデルを渋滞現象という視点で捉えると数学的に完全に等価であることもわかった.
Keywords: 渋滞学,数理モデル,セルオートマトン,確率過程
今日の社会では「渋滞」と呼ばれる現象がいたるところで見られる.例えば,高速道路での車の長い列,花火大会が終わった後の人の混雑,バスや電車のダンゴ運転などが挙げられる.一方,自然界においても,魚・鳥の群れやアリの行列など生物の集団運動としての渋滞現象も観測されている.これらの多岐に渡る一見全く関係の無さそうな渋滞現象を統一的に扱う最先端の学問が「渋滞学」である[1].このような様々な渋滞現象に共通することは,すべて排除体積効果を持った自分自身で能動的に動くことのできる自己駆動粒子の多体相互作用で渋滞を捉えることができる,ということである.自己駆動粒子はその粒子が持っている知性や心理のため,個々の振る舞いが物理学の大原則である作用=反作用の法則や慣性の法則に従わず,微分方程式による運動の記述が困難となってしまう.そこで,このような現象を記述する際に有効となるのが,個々の粒子の振る舞いをルールによって記述するセルオートマトンモデルである.セルオートマトンモデルの利点は,そのルールによる記述のみならず,時間・空間に関する全ての物理量が離散化されており,
コンピューターシミュレーションが容易であることや,特にAsymmetric Simpler Exclusion Process (ASEP) [2] や Zero Range Process (ZRP) [3] と呼ばれる定常状態における粒子の分布を厳密に求めることができる可解確率セルオートマトンモデルが存在することである.
本稿では,確率セルオートマトンモデルを粒子と場の相互作用系に拡張し,アリの並進運動とバスの運行システムに応用した数理モデルについて紹介する.セルオートマトンモデルを用いる準備として,空間をLセルにわけ,各セルにラベルi(i=1,2,・・・L)で番号付けをする.さらに粒子は一次元の道を一方向にだけ進むものとし,時刻tの粒子の変数をUti,場の変数をσtiとする.
アリ同士はフェロモンを用いてお互いのコミュニケーションを実現しているため,アリ粒子とフェロモン場の相互作用系を考え,以下のようなダイナミクスでモデル化する.
(ステージ1)
アリがある時刻tでセルiにいたとする(Uti=1).もし前にアリがいる(Uti+1=1)ならば,セルiのアリは動かない(体積排除効果).そして前にアリがいないときは,前に進もうとするがフェロモン(σti)のある/なしに応じて進むホップ確率pが以下のように変わる.
このように2種類の確率q,Qを導入し,フェロモンがある方が動きやすいので,一般的にq<Qとおける.
(ステージ2)
ステージ1においてアリがいるセルにはすべてフェロモンを生成する.つまりもし,U^{t+1}_i=1ならば,σ^{t+1}_i=1とする.
また,アリがいないセルのフェロモンは確率fで蒸発するとする.すなわち,U^{t+1}_i=0かつσ^{t}_i=1ならば,確率fでσ^{t+1}_i=0とする.
バスの運行システムでは,バスとバス停で待つ乗客の相互作用系を考え,以下のようなダイナミクスでモデル化する.
(ステージ1)
アリと同様,バスがある時刻tでセルiにいた場合(U^{t}_i=1),もし前にバスがいる(U^{t}_{i+1}=1)ならば,セルiのバスは動けず,その一方,
前にバスがいないときは,前に進もうとするが待つ乗客のいる/いない(σ^{t}_i)に応じて進むホップ確率pが(1)式のように変わると考えることができる.
待つ乗客がいれば乗り降りに時間がかかるためq<Qが従う.
(ステージ2)
ステージ1においてバスがいるセルでは乗客をバスに乗せ,待っている乗客はいなくなる(U^{t+1}_i=1ならば,σ^{t+1}_i=0).
一方,バスのいないセルには確率fで乗客が到着するとする(Ut+1i=0かつσti=0ならば,確率fでσt+1i=1).
上述した二つのモデルそれぞれに対して数値シミュレーションを行った.境界は周期境界条件とした.アリの並進運動モデルの結果が図1であり,バスの運行システムモデルの結果が図2である.各図は粒子の密度に対して平均速度をシミュレーションしたものである.
図1:アリの並進運動モデル(Q=0.75, q=0.25)
図2:バスの運行システムモデル(Q=0.9, q=0.5)
図1,2それぞれの速度密度関係図から,どちらの場合も,密度が増加するに従って速度が単調に減少するわけではなく,ある密度で速度の最大値をとる確率fが存在することがわかる.つまり,場の物理量の生成/消滅の確率によっては,粒子の密度がある程度増えても渋滞せず,逆に速度を上げて粒子が動くことができる状況が起こりえるのである.
本稿では確率セルオートマトンモデルを用いた二つの応用数理モデルを紹介した.これらの二つの数理モデルのシミュレーション結果からいずれの場合も,密度がある程度増えても速度が減少せず,逆に速度が上がり,速度を最大にする最適な密度が存在するという結果が得られた.
これらの二つのダイナミクスは異なる自然/社会現象を記述したものであるが,渋滞現象という見地に立ち,フェロモンの存在のある/なしを待っている乗客のいない/いると読み替えることで,数学的に完全に等価なモデルとなっていることもわかった.数理モデルを用いて様々な分野の現象を統一的に取り扱うことで,バスのダンゴ運転解消のアイデアがアリの行列行進ダイナミクスのアイデアから生まれる可能性も大いにあり,数理的にも社会的にも極めて興味深い結果が得られた.
[1] 渋滞学,西成活裕,新潮選書
[2] B. Derrida, et al., J. Phys. A. Math. Gen., 26 (1993), 1493.
[3] F. Spitzer, Adv. In. Math. 5 (1970), 246.
[4] K. Nishinari, et al., Phys. Rev. E, 67 (2003), 036120.
[5] A. Tomoeda, et al., Physica A, 384 (2007), 600.