栁澤 大地1,2,西成 活裕1,3
1東京大学大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻
・〒113-8656 東京都 文京区 本郷 7-3-1
2(独) 日本学術振興会 特別研究員 DC1,3(独) 科学技術振興機構さきがけ
(Tel :+ 81-3-5841-6602; Fax :+ 81-3-5841-8561; Email address: tt087068◎mail.ecc.u-tokyo.ac.jp)
概要: 本研究では、二種類のボトルネックにおける人の渋滞の軽減方法について考察した。一つは幅の狭い出口からの避難における渋滞である。この場合は、出口手前の適切な位置に障害物を設置すると、早く避難できることが分かった。もう一つは複数のサービス窓口がある待ち行列での渋滞である。このケースでは、混み具合に応じて適切な待ち行列形態をとることにより待ち時間を短縮できることが調べられた。
Keywords: 渋滞学,群集運動,避難,衝突,待ち行列,セルオートマトン.
人の群集運動は、古くは社会心理学の分野で実験を中心として行われてきた。しかし自然科学の分野での研究は今までほとんどなかった。人のように複雑なものを物理モデルで考えることは不可能であると思われていたのかもしれない。一般に物理学というと、抽象的な物体・素粒子・電気や磁気について難解な数式を用いて計算を行う学問という印象があるかもしれない。もちろんこのような研究も物理学である。しかし物理学の本質は、沢田先生がおっしゃられているように、「相対化の考えを使って、新しい現象の理解をすすめること」であると私は考える。つまり物理学とは手法であって、研究対象が何であろうと相対化による理解を目指していれば、それは物理学である。
本研究の出発点は、なぜ人は密集すると流れが遅くなるのかという問いかけであり、その原理を見つけるために物理学を用いた。人と分子を相対化して考え、分子が衝突によって相互作用するように、人にもその効果を考え、人の流れの解析を行った。群集運動のような新しい分野を物理学を用いて研究することは、過去の研究成果を大いに利用できる点や、定量的な議論ができる点でも大きなメリットがある。
近年は工学や物理学の分野で群集運動の研究が活発に行われ始めた。工学での発展の背景にはコンピュータの高性能化がある。複雑な個性を持った人を多くのパラメータを用いてモデル化してシミュレーションを行うマルチエージェントシミュレーションによって、様々な群集の挙動が研究されてきた[1]。これに対して物理学では、人を自分で動くことができる自己駆動粒子と考え統計力学的に扱うことにより研究が進められている[2]。物理学での研究対象は避難であることが多い。それは避難など全ての人が共通の目的を持った状況では、人の個性を重視する必要がなくシンプルで理論解析[3]も可能なモデル化が可能なことと、避難は人の命が関わる重要な研究テーマであることが理由であると考えられる。また、このような群集運動の研究とは別に数学の分野では待ち行列理論[4]の研究が活発に行われ、現在では情報通信分野の必須科目となっている。
以上のようなそれぞれの分野で独立に研究されてきたテーマを分野横断的に扱い、新たな研究課題に挑戦していく学問が渋滞学[5]である。本研究では、渋滞学の手法を用いて二種類のボトルネックにおける人の渋滞軽減法について考察する。
一つは狭い出口からの避難である。先行研究[6]において障害物を出口手前に設置すると早く避難できることがシミュレーションにより調べられた。我々は理論解析により障害物の設置によって早く避難できるようになる理由を説明し、さらに避難実験も行った。
二つ目は複数のサービス窓口がある待ち行列である。待ち行列理論によると、複数のサービス窓口がある場合フォーク型[5]の待ち行列を形成すると待ち時間が最小になることが知られている。しかし待ち行列理論には歩行距離が考慮されていない。そこで我々は待ち行列理論に歩行距離の効果を導入し、混み具合や窓口間の距離、サービス時間によって適切な待ち行列形態が変化することを発見した。
避難時の出口付近では主に二つの現象が観測される。一つは衝突であり、もう一つは方向転換である。衝突は出口付近に人が密集しているために起こる。出口手前の人が衝突してしまうと人のアーチが形成され誰も出口から出られないので総避難時間が増加してしまう。方向転換は横入りしようとした人に生じる現象である。まっすぐ出口に向かった人はそのままの向きで出口を通過できるが、横入りした人は体を出口の方向に向けなればならない。この方向転換が総避難時間の増加を招く。我々は以下のような衝突関数φと方向転換関数τを新たに導入した。

衝突関数φは、二人以上の人が同じ場所に移動したとき衝突して動けなくなる確率を、keは出口に同時に移動しようとした人数、ζは人の強引さを表す。ke, ζが増加すると、衝突で動けなくなる確率φは増加していく。方向転換関数τ(<1)は方向転換による速さの減少を、ηは人の慣性、θを方向転換する角度を表す。η, θが増加すると、方向転換による速度の減少は増加する。

Fig.1. 出口周りの確率モデル
我々は衝突関数と方向転換関数を用いたFig. 1のような確率モデルを用い、避難の研究を行った。一つのセルには最大で一人の人が入ることができ、Eと書かれたセルは出口セルを表す。出口の近傍セル1~4には空いていれば必ず人が入って来る。またセル1~4にいる人は確率βで出口セルに移動しようとする。確率1-φで衝突が起こらなければ四人のうちいずれか一人が出口セルに移動し、確率φで衝突が起こった場合は全員元いたセルに留まる。出口セルに移動した人は確率βτで部屋から脱出する。障害物を出口手前に置いた場合は、セル2が障害物によって塞がったと考えてモデル化を行う。すなわち、出口に同時に移動する人数が四人から三人に減少する。
| 実験 | 既存モデル | 新モデル | |
| 障害物なし | 2.80 | 2.86 | 2.80 |
| 障害物あり | 2.92 | 2.86 | 2.92 |
我々は出口幅が50cmの出口から50人の人が脱出する実験を障害物がない場合とある場合について行い、Tab. 1のような結果を得た。実験結果は流動係数(1m幅の出口を1秒間に通過する人数)で記述されている。Tab. 1 を見ると、障害物がない場合よりも、障害物がある場合の方が流動係数が大きくなっていることが分かる。実験データから最小二乗法で決定したパラメータを用い、衝突関数と方向転換関数を使用しない既存のモデルと、二つの関数を使用する新しいモデルで流動係数を計算すると、Tab. 1 の三、四列目のようになる。二つの新しい関数を使用していない既存のモデルでは障害物をうまくモデル化できないため流動係数の差を表現することができない。それに対して新モデルでは、障害物によって近傍セル2が塞がれ同時に衝突する人数が一人減って衝突の衝撃を弱まる効果が衝突関数によって表わされるため、実験の流動係数を再現することができている。障害物を出口の中心に置いた場合の流動係数は[7]で計算されている。
待ち行列には主にFig.2 (a)のような並列型の待ち行列(Parallel)とFig. 2 (b)のようなフォーク型待ち行列(N-Fork)がある。sはサービス窓口数を、λは人の到着率を、μは窓口のサービス率を表す。待ち行列理論によるとN-Forkの平均待ち時間の方がParallelの平均待ち時間よりも常に短くなる。それはParallelではFig.2 (a) のように人が偏り、混んでいる窓口があるにも関わらず空いている窓口がある場合があるが、N-Forkではそれがないためである。しかしN-Fork では待ち行列の先頭から窓口までの歩行時間は考慮していない。それほど大きくない待ち行列システムでは歩行時間を無視した待ち行列理論の結果でも実用上問題がないが、国際空港の入国審査場のような大きなシステムではこの歩行時間が影響してくる。そこで我々は歩行時間の影響を考慮したモデルD-Fork (Fig. 3 (c)) を考える。D-Forkにおいて行列の先頭の人は窓口までのセルをレートpで歩いていく。Fig. 2 (c) のように窓口1までの距離をd1, 窓口の間隔をkと書くと、窓口でのサービス率μに歩行時間の効果を加えた通過率μdは、

となる。α, βは歩行時間の効果を表し、nは窓口番号(大きい程待ち行列の先頭から遠くなる)を表す。α, βが大きくなるほど歩行時間の影響が増大し、通過率μdはサービス率μに比べて小さくなる。

Fig.2. 三種類の待ち行列モデル
三種類の待ち行列モデルにおける混み具合を表す占有率ρ(=λ/sμ)に対する平均待ち時間Wqを描くとFig. 3 のようになる。これを見ると、N-ForkはParallelよりも常にWqが小さいが、D-ForkとParallelの曲線を見ると交点が存在することが分かる。すなわち歩行時間の効果を考慮すると、システムが混雑していないときはD-Forkにした方がよいが、混雑が激しいときはParallelにした方が待ち時間が短くなることが分かる[8]。

Fig.3. 占有率ρに対する平均待ち時間Wq.
s=3, μ=0.05, α=0, β=0.05.
本研究では、人の流れのボトルネックにおける渋滞軽減方法について考察した。狭い出口からの脱出では、出口手前に障害物を置くと人どうしの衝突が減少してスムーズに出口を通過することができるようになるため、早く避難できることが理論と実験により確認された。また複数の窓口がある待ち行列に行列の先頭から窓口までの歩行時間の効果を導入すると、混雑している場合、フォーク型待ち行列よりも並列型待ち行列の待ち時間の方が短くなることが分かった。
[1] 大内東, 山本雅人, 川村秀憲, マルチエージェントシステムの基礎と応用, コロナ社, (2002).
[2] D. Helbing, Traffic and related self-driven many-particle systems, Rev. Mod. Phys. 73, 1067 (2001).
[3] D. Yanagisawa and K. Nishinari, Mean-field theory for pedestrian outflow through an exit, Phys. Rev. E 76, 061117, (2007).
[4] Bolch, G., Greiner, S., de Meer, H., Trivedi, K.: Queueing Networks and Markov Chains. A Wiley-Interscience Publication, U.S.A. (1998).
[5] 西成活裕, 渋滞学, 新潮社, (2006).
[6] A. Kirchner, K. Nishinari, and A. Schadschneider, Friction effects and clogging in a cellular automaton model for pedestrian dynamics, Phys. Rev. E 67, 056122 (2003).
[7] D. Yanagisawa et al, Introduction of Frictional and Turning Function for Pedestrian Outflow with an Obstacle, arXiv:0906.0224, (2009)
[8] 柳澤大地, 友枝明保, 木村紋子, 西成活裕, 歩行距離を考慮した待ち行列理論による待ち行列システムの解析, 日本応用数理学会論文誌, 18(4),507, (2008).