八重樫和之D,林叔克A,D,菊地友則B,菅原研C,辻和希B
東北大工,東北工大A,琉球大農B,東北学院大C, natural science NPOD
宮城県仙台市青葉区北目町4−7 HSGビル3階
(Tel: 81-22-721-2035; Fax : 81-22-721-2035)
(Email address:yaegashii◎natural-science.or.jp)
概要: 社会性昆虫はコロニー全体として血縁度の近い個体を生産するために利他的行動をとることが知られている。しかし、ワーカーの利他的行動は、女王アリのパトロールによる利己的行動の抑制の結果である。亜熱帯に生息するトゲオオハリアリは女王アリがすべてのワーカーに対してパトロール行動を行うことでコロニーを維持している。本研究ではトゲオオハリアリの女王アリが、どのように約100匹ものワーカーに対して3時間以内でパトロール行動を行っているのかを解析・モデル化を行った。本研究では、トゲオオハリアリは女王とワーカーの相互作用により、低Activityでもパトロールを可能とするアルゴリズムを有していることがわかった。
Keywords: トゲオオハリアリ,社会性昆虫,エージェントベース
生物は刻一刻と変化する自然環境に対して適応しながら進化していく。単体で存在する生物もいれば複数の個体が共に群を成して生活する生物もいる。生態学では複数の個体が共同で繁殖し、繁殖する個体と繁殖しない個体という分業が見られる状態を本当の社会性という意味の真社会性と定義する。真社会性を持つ昆虫を社会性昆虫といい、本研究では社会性昆虫を題材に研究を行う。
さて、領域 生物から環境の領域代表である本川氏のあいさつにて「生物は『環境に適応する』という共通点をもつのですが、環境がさまざまあるからこそ、さまざまに異なる種ができてきたのです。生物は同一種の個々の個体でも、まったく同一というわけではありません。ですから、典型的な個体や典型的な種は存在しないのです。」1とある。私も生物は環境に適応してくることにより多様化してきたのだという意見に同感である。しかし、単なる多様化ではなく、自然環境に対する最適化となっていなければ、現存せずに絶滅してしまっているだろう。これに対して、私は自然環境に対する最適化結果である生物を、物理・工学的な最適化の結果と比較した際、生物である必然性を探求していきたい。
本研究ではトゲオオハリアリという亜熱帯に生息するコロニーサイズ50〜200匹程度の、アリにしては比較的小規模のコロニーを形成するアリを題材とする。トゲオオハリアリはすべてのワーカーが雌であり、女王に3時間以内で接触をしないと卵巣が発達し産卵行動を起こす。2,3したがって、女王アリは3時間以内に巣内のすべてのワーカーに対してパトロールを行うことが必要となる。しかし、巣内は暗く視覚による他の個体の認識が困難である。さらにフェロモンなどの化学物質を用いて女王がワーカーを識別することもできない。すなわち、直接接触を機軸とした行動が必要となる。
この習性自体はトゲオオハリアリの「多様性」の結果である。しかし、「一定時間内に視覚認識をせずに100個体すべてにパトロールを行う最適解は?」という問題として捉えることが可能となる。このように私は数学的に考えた最適解と生物の行動を比較することで多様化した結果を単なる生物の一例ではなく、進化の必然のステップを見てみたい。
すなわち、本研究では生物の「多様化」した結果の行動を題材とし、その行動の最適化した結果と比較することで生物の環境適応の必然性を見ることを目的とする。そして、このような視点でトゲオオハリアリの女王によるパトロール行動の解析とモデル化を行う。
本実験で設定する巣の大きさは26.5 18.5[cm], 高さ5[cm] である。コロニーサイズ66匹,98匹のコロニーにおいてそれぞれ1時間観測を行う。そして、トゲオオハリアリのコロニー全体のActivity の平均値を求める。また、女王アリのwalk,restについても調べ、コロニー全体のActivityの変化と女王の行動について比較を行う。
コロニーサイズn[匹]と仮定したコロニーの巣内について考える。すべてのアリに対してある一瞬を見た際に動いているワーカーiをWi,walk=1,Wi,rest=0止まっているワーカーiをWi_walk=0,Wi,rest=1と定義する。そして、コロニー内の何割のワーカーが活動しているかをコロニー全体の活動度Activityと定義し、式(1)のように示す。

トゲオオハリアリのActivity が変化した場合、QTAtime(the time for Queen Touching All the ants 女王がすべてのワーカーに接触するまでの時間, 以下QTAtime) に変化はみられるかを明らかにするため数値計算を行う。すなわち、コロニー全体が活発に動くことで女王アリによるパトロール効率を高めることにつながるのかを調べる。アリの大きさ(約1[cm])を1×1 の正方形として22×22 の格子モデルを考える。アリの進行方向は上下左右の4 方向であり、進行方向はすべて乱数により等確率で決定する。1[step]=1[sec]として考え、アリの速度は1[div/step]とする。つまりアリは1[cm/sec]の速度と仮定する。
コロニーサイズ66[匹]における実験結果をFig.1に示す。実験結果からコロニーサイズ66,98共にActivityを平均すると10[%]未満の値を示すことがわかった。すなわち、巣内のワーカーの9割以上がrest状態であることがわかる。
さらに、Fig.1のグラフにおいて、30[min]より女王の行動が活発となり、50[min]を境にActivityが上昇してくる。以上からActivityは常に一定の値を取るのではなく、変化する値であり、女王の行動とActivityの変化に何らかの相関性が示唆される。
シミュレーション結果をFig.2に示す。シミュレーション結果から、すべてのワーカーの行動をランダムウォークと仮定した場合Activityが大きいほどQTAtimeは小さくなることがわかる。すなわち、コロニー全体のワーカーが動けば動くほど女王がパトロールを完了させるまでの時間が短くて済むことがわかる。

Fig.1 コロニーサイズ66[匹]における女王の活動・休憩の切り替えとコロニー全体のActivityの変化の比較。赤の実線がActivity,オレンジ線はActivityの平均,緑の点線が女王アリのwalk/restの切り替え結果。30[min]より女王の行動が活発となり、50[min]を境にActivityが上昇してくる。以上から女王の行動とActivityの変化に何らかの相関性が示唆される。

Fig.2. Activityに対するQTAtimeの関係。実線はシミュレーション結果、黒点は実験結果。ランダムウォークによるモデルでは現実のトゲオオハリアリに比べパトロール効率が悪い
実験結果とシミュレーション結果について比較を行う。すると、実験結果ではいずれもActivity=10[%]でQTAtime=180[min]である2のに対し、シミュレーション結果でActivity=10[%]ではQTAtime=3000[min]という非常に大きな値を示す。逆にシミュレーションにおいてQTAtime=180[min]を得るにはActivityが30[%]以上必要となることがわかる。すなわち、トゲオオハリアリの女王によるパトロール行動は、単なるランダムウォークでは不可能であることがわかる。
これに対し、現実のトゲオオハリアリは女王アリの行動とActivityに関係性を持っていると思われる。しかし、暗く狭い巣内において女王-ワーカー、及びワーカー同士のコミュニケーションは、直接接触以外は困難である。すなわち、直接接触を基としたアルゴリズムの存在が示唆される。
トゲオオハリアリは暗い巣内において女王がワーカーすべてに対してパトロールを行うアルゴリズムを持っている。この行動について、活動度Activityのみを変化させてパトロール行動を解析した場合、実際の女王アリのパトロール完了時間QTAtimeは10倍時間がかかる、あるいは3倍以上の活動度Activityが必要となる。したがって、本研究の結果は、トゲオオハリアリがワーカーも含め、直接接触を基としたエージェントベースの女王アリによるパトロール行動を助けるアルゴリズムを有していることを示唆している。
本研究では、シミュレーションにおいてはワーカーの分布を一様としたが、トゲオオハリアリのワーカーの分布は一様ではない。女王アリの周りに多く集中する状態となる(以下ロイヤルコートと呼ぶ)場合、そうでない(ロイヤルコートが崩壊している)場合の2種類の状態に分けることができる。Fig.3にロイヤルコート形成時の様子と女王と中心としたワーカーの分布を示す。ロイヤルコート形成と崩壊は、直接接触によるワーカー同士、ワーカー-女王間の相互作用によるアルゴリズムが存在するのではないか考えることができる。以上のアルゴリズムについてエージェントベースで立てた仮説をTable.1に示す。
また、トゲオオハリアリにおけるロイヤルコートの形成の定量化を行う。そして、ロイヤルコートの形成・崩壊時に注目し、Table.1に示したような女王アリとワーカー,ワーカー同士の直接 接触によるWALK/RESTモードの切り替えの仮説について検証を行う。

Table.1 女王蟻とワーカー,ワーカー同士の直接 接触によるwalk/restモードの切り替えのモデル.
↑は接触後のwalkモードへ切り替え、
↓は接触後restモードへの切り替えを表す。

Fig.4 ロイヤルコート形成時の様子(a)と形成時の女王を中心としたワーカーの分布(b)。(b)のグラフは(a),及びその前後10秒時点での女王からの距離を測定し、その平均値をグラフ化した。女王の半径3[cm]以内にコロニーの過半数のワーカーが密集していることがわかる。
[1] natural science 学会HP 領域【生物から環境】領域代表あいさつ―本川達雄 natural science 学会HP,(2009), http://www.science-day.com/2009/conference/about5.php
[2]K. Tuji, K. Egashira, and B. Holldobler(1999), Animal Behavior, 58: 337-343.
[3]T. Kikuchi, T. Nakagawa, and K. Tsuji(2008),Animal Behavior,76:2069-2077