菅原大助1,今村文彦2,後藤和久3
1: 東北大学大学院理学研究科地学専攻
仙台市青葉区荒巻字青葉6-3
(Tel : +81-22-795-6625; Fax : +81-22-795-6634)
(Email address: sugawara◎dges.tohoku.ac.jp)
2,3: 東北大学大学院工学研究科付属災害制御研究センター
仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-11
(Tel : +81-22-795-7515; Fax : +81-22-795-7514)
(Email address: imamura◎tsunami2.civil.tohoku.ac.jp 2, kgoto◎tsunami2.civil.tohoku.ac.jp 3)
概要: 西暦869年(貞観11年)に仙台平野を襲った津波による浸水域を明らかにし,津波波源モデルを決定することを目的に,仙台平野海岸地域において津波堆積物の掘削調査を行った.貞観津波堆積物は現在の海岸線から少なくとも2.6~3.3 km内陸まで広く分布していることが明らかとなった.海岸線と平行な方向での層厚変化は大きく,津波の遡上が地形条件の違いにより影響を受けた可能性を示している.
Keywords: 貞観地震津波,津波堆積物,仙台平野
津波対策は社会的な要請であり,津波とその主要な原因である海底地震が発生する可能性や規模を将来にわたって予測し,施設整備や避難計画を実施する際には,既往津波に関する情報が非常に重要である.日本では過去の津波についての数多くの歴史記録が存在するものの,浸水域や被害規模を具体的に明らかにする史料は少なく,更に時代を遡るにつれて情報は不確かとなる.一方,最近の研究では,津波の遡上により特徴的な堆積物・地層が海岸に形成されることが明らかにされている[1].津波堆積物の地質学的研究により,過去の津波襲来を証明し,その時期や規模を推定することが可能である.宮城県沖の日本海溝沿いで発生した歴史地震津波としては,西暦869年(貞観11年)の津波が,六国史の1つである三代実録や各地の伝承から知られている[2].先行研究では,貞観地震津波による仙台平野の浸水の事実が示されているが[3][4],浸水域に基づいた津波と地震規模の定量的な検討は行われてこなかった.本研究では,貞観津波による浸水域を明らかにし,地震規模と断層モデルを決定するため,仙台平野海岸地域において津波堆積物の掘削調査を行った.
本研究では,浜堤列の発達が良好で腐植質の泥質堆積物が広く分布する,仙台平野海岸部を調査対象地域とした.七北田川〜名取川間の仙台平野海岸地域には形成年代の異なる3列の浜堤列が発達しており,津波遡上に伴って海岸の砂質堆積物が浜堤列間の後背湿地に流入し,津波堆積物として保存されていると考えられる.調査では,海岸線とほぼ直交する6本の測線および1本の平行な測線に沿って掘削を行った.調査測線の選定に当たっては,既往の地形分類図[5]を参考に最適な位置を検討している.海岸線から測った各測線の長さは最大4 kmである.掘削は長さ1 mの手掘り式ピートサンプラーおよび長さ1.5 mのハンディジオスライサーを用いて行い,現場において堆積層を観察・記載し,試料を採取した.
本研究による掘削地点および貞観津波堆積物に対比できる砂層を検出した位置を図1に示す.
図1:掘削地点と貞観津波堆積物の分布
湿地を構成する泥質堆積物とは色調・粒度が明らかに異なる砂の挟みを,津波堆積物の可能性があるイベント性砂層として識別した.調査地域には貞観津波(869年)の直後(915年)に降下した十和田a火山灰が広く分布しており[6],イベント性砂層のうち,この直下で検出されるものは貞観津波による堆積物である可能性が高い.貞観津波堆積物は主に石英質の細粒〜中粒砂で構成されるが,シルト・粘土成分を含む場合もあった.この砂層には顕著な堆積構造は見られないが,上方細粒化や下位の泥質堆積物との明瞭な境界が観察される場合がある.図1の赤色の実線は,貞観津波堆積物とほぼ確実に判断できる砂層が出現した最も内陸側の地点を,各測線について結んだものである.確実性の高い分布限界は海岸線から2.6~3.3 kmの距離にあるが,より内陸でも津波堆積物の可能性のある砂層が検出されている.
津波堆積物の層厚は,海岸線からの距離に応じて内陸方向に減少する傾向があることが知られている[1][7].貞観津波堆積物においても,層厚の最大値は内陸方向に減少する傾向が現われており(図2),これらの砂層が津波により生じた内陸方向への流れにより堆積したことを支持している.
図2:海岸線からの距離と津波堆積物の層厚
図3:海岸線と平行な測線上の層厚分布
海岸線と平行な測線Gは,現在の海岸から2.5~2.7 kmの距離にあり,長さは約4 kmである.この測線上での層厚は場所ごとに大きく変化するが,全体的に見ると南西側の層厚が北東側よりも小さい傾向を示している(図3).仙台湾沿岸部の地形を考慮すると,津波遡上の直前において海岸線に沿った波高はほぼ一定であったと考えられるので,遡上経路における地形起伏の違いが,津波堆積物の層厚変化として表れている可能性がある.
貞観津波による堆積物は,仙台平野では現在の海岸線から少なくとも2.6~3.3 km内陸まで広く分布していることが明らかとなった.分布距離の変動は,津波当時の地表条件の違いによると考えられる.
今後の研究では,津波遡上計算を実施して,津波堆積物の分布を説明できる波源モデル(断層パラメータ)を決定する予定である.遡上計算には詳細な地形データが必要となるため,貞観津波当時の土地条件の推定を試み,これを考慮して数値標高モデルを作成する.
[1] Dawson A.G. & Stewart I. (2007), Tsunami deposits in the geological record. Sedimentary Geology 200: 166-183.
[2] 渡邊偉夫(2000),869(貞観11)年の地震・津波と推定される津波の波源域.津波工学研究報告 17,27-37.
[3] 阿部壽・菅野喜貞・千釜章(1990),仙台平野における貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定.地震 2,43:513-525.
[4] Minoura K., Imamura F., Sugawara D., Kono Y. & Iwashita T. (2001), The 869 Jogan tsunami deposit and recurrence interval of large-scale tsunami on the Pacific coast of northeast Japan. Journal of Natural Disaster Science 23, 83-88.
[5] 北村信・石井武政・寒川旭・中川久夫(1986),5万分の1地質図幅「仙台」.
[6] 山田一郎・庄子貞雄(1981),宮城県に分布する新期の灰白色火山灰について.日本土壌肥料学雑誌,52 (2),155-158.
[7] Morton R.A., Gelfenbaum G. & Jaffe B.E. (2007), Physical criteria for distinguishing sandy tsunami and storm deposits using modern examples. Sedimentary Geology 200, 184-207.